2008年1月アーカイブ

昨年の夏頃、ロジスティクス子会社の成田営業所の整理整頓しようと
成田まで出向いたときに、机の配置換えをしようと机をつった途端
『『『ギクッ!!!!』』』
っと、その名の通りぎっくり腰になった。
強烈な状態で、なすすべも無く腰が曲がったまま暫く生活していたが
色々情報収集した挙句、先輩の奨めるカイロプラクティックに行った。
角界には相当有名なこのS川治療院。著名力士の写真が飾ってあった。
このS川先生、ちょっと状況診断をした後、ものの5分で
『ごきっ!!ぐきぐきっ!!ゴリッ!!』っと私の腰を治してしまった。

先日、何かの拍子で又腰の調子が悪化した。。。。
腰を伸ばせず+激痛+足が痺れる最悪コンディションの中
仕事が休めず、千代田区の合同庁舎に向う有楽町線のホームに立っていた。
もう立っていることも限界になったその時
ノアの箱舟のように、黄色いラインの有楽町線がフォームにやってきた!
(たっ、助かった。。。。)
『ぷっしゅ~』っとドアが開くのと同時に、入口間近の座席に倒れこむように座った。

と、その直後、90歳位であろうか、おばあちゃんが腰を90度に曲げてヨロヨロっと乗って来た。
私:『・・・・・・・』
いつもは席を譲る私も、この時ばかりは
(どっちが大変な状況かな~~~。。。。おばあちゃんかな~~。。いや、今は俺かな~~。。)

(よしっ!!)

私:『おばあちゃん、どうぞっ!!』
っと席を譲って立ったその瞬間
『『『ギックッ!!!!!!!』』』

こ、根性で声を抑えた。。。
が、今度は私の腰が90度曲がってしまった。
ドアの前で激痛をこらえ、腰を90度曲げて立っていた私に
おばあちゃん:『お兄さん、大丈夫ですか?代わりましょうか?』
と言った始末。
このまま車内にいたのでは、かえって感じ悪いと思い
次の駅で、転げるように電車を降りたのだった。

電車が消えた駅のホームで
身体を張って頑張った満足感と
90度の腰と激痛が対峙していた。。。。

私の髪の毛にまつわるお話は以前ご紹介差し上げたところですが
http://www.aade.co.jp/aade/blog/2006/10/
今回はそれに関連したお話で御座います。

今年の正月(つい最近の事)、大雪に見舞われた飛騨に帰省中のこと。
高校時代の同窓会が開催された。何しろ卒業20周年の大きな同窓会で
140人ほど参加するとの前情報から、私は1年前からかなり『わくわく』していた。
何をさておき私の注目は、みんなの髪の毛の状態。。。。(不純)

当時高校3年生の頃、クラスの中で3人、ハゲのサラブレットがいた。
東の横綱:私、久保田君→てっぺん河童タイプ
西の横綱:H原君→おでこライン同時後退タイプ
大関 :I本君→地球温暖化による全体砂漠化タイプ
この3人は不幸にも『遺伝』と言う、自分ではどうすることも出来ない宿命を背負って
人一倍短い青春時代を謳歌しようとしていた。というか、せざるを得なかった。。。

3人は受験戦争時にもかかわらず、頭の中身の心配よりも『外身』の話題で
よく語り明かしたものだった。。。
卒業前に誓い合った言葉は
~~逝くときは、みんなで一緒に逝こうな!!~~

あれから20年。。。
西の横綱、H原君に再会した。
当時の約束を裏切らず、おでこが頭のてっぺんまで来ていた。。。。
もう直ぐ、背面からも確認できる程のレベルに仕上がっていた。
大関、I本君。ちょっと予想を裏切り『M字型』にエントリー種目変更。
東の横綱、私。無二の同胞を裏切り、ちょっと進行遅延気味。。。

結果、サラブレットの約束を、一人だけ契約不履行というかたちになってしまった。

ごめん、第3コーナーから一気に追い上げるから
もう少しだけ待っててね。

このアーカイブについて

このページには、2008年1月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2007年12月です。

次のアーカイブは2008年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。